• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 判定 同一 属さない(申立て不成立) G06F
管理番号 1056865
判定請求番号 判定2001-60094  
総通号数 29 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 実用新案判定公報 
発行日 2002-05-31 
種別 判定 
判定請求日 2001-08-22 
確定日 2002-03-22 
事件の表示 上記当事者間の登録第2593869号の判定請求事件について、次のとおり判定する。   
結論 イ号図面及びその説明書に示す「画面上における移動指示キー」は、登録第2593869号実用新案の技術的範囲に属しない。
理由 1.請求の趣旨
本件判定の請求の趣旨は、イ号カタログカラーコピー及びイ号取扱説明書コピーに記載の物品(以下イ号物品と呼ぶ)は、登録実用新案第2593869号の請求項3に係る考案の技術的範囲に属する、との判定を求めるものである。
なお、本件判定請求の請求の趣旨には、「イ号カタログカラーコピー並びイ号取扱説明書コピーに示す実用新案は、実用新案登録第2593869号の技術的範囲に属する、との判定を求める」と記載されているが、請求の理由の欄には、第2593869号登録実用新案のうち「請求項3」に係る考案とイ号物品との対比について主張するのみであるので、本件請求の趣旨を上記のとおり認定した。

2.本件登録実用新案
(2-1)本件考案の構成
本件登録実用新案の「画面上における移動指示キー」は、明細書、図面の記載からみて.実用新案登録請求の範囲の請求項3に記載されたとおりの以下のものである。
「(A)単一のキーの押圧位置を選択することによって、画面上における表示の移動を指示するためのキーであって、
(B)該キーの各押圧位置に、指に食い込む大きさと高さを有する突起が設けられており、
(C)且つ、各突起の間隔が、単一の指で同時に全ての突起を触圧できる間隔であると共に、
(D)前記押圧位置に設けられた突起の他に、これらの何れよりも低い突起を、該キーの中央に設けてなること
(E)を特徴とする画面上における移動指示キー。」
(なお、上記「(A)」乃至「(E)」は分節のために付した符号である。)

3.イ号物品
イ号物品の特定については、当事者間に争いがあり、請求人、被請求人は、それぞれ以下のように主張している。
(請求人の主張)
「イ号は、本件実用新案に則して記載すると、次のとおりである。
a.単一のキーの押圧位置を選択することによって、画面上における表示の移動を指示するためのキーであって、
b.該キーの各押圧位置に、指に食い込む大きさと高さを有する突起が設けられており、
c.且つ、各突起の間隔が、単一の指で同時に全ての突起を触圧できる間隔であると共に、
d.前記押圧位置に設けられた突起の他に、これらの何れよりも低い曲面状となった突起を、該キーの中央に設けてなること
尚、ここで、「曲面状となった突起」とは、実用新案公報(甲第1号証)第3ページ第21行から第26行)の記載から見て、本件実用新案の低い突起を意味する。」

(被請求人の主張)
「(2-2)被請求人によるイ号物品の特定
ところで、被請求人は、本件実用新案が「画面上における移動指示キー」に関する考案であることから、判定の対象となるイ号物品を検甲第1号証のイ号物件に備えられたキーであると認識し、その構成に基づいてイ号物品の特定を行うべきであると主張する。
以下、被請求人が作成したキー単体の図面(以下、乙第1号証と言う)に従って、イ号物品を特定する。なお、この乙第1号証の図面は、イ号物品のキーを2倍に拡大した断面図であり、突起部分については5倍に拡大して示したものであきる。
(1)イ号物品は、車載用音響機器の前面において、垂直に配置された表示部の側方に配設されたキーであり、車載用音響機器の音量調整並びにスピーカ音量バランス調整に使用されるものである。
(2)このキーは、垂直に配置された車載用音響機器の前面に対して、中心軸が直交する方向で配置され、その半径は10.8mmである。
(3)半球状のキーの表面には、上下左右4箇所の突起が形成されている。この突起の間隔は、突起の頂点間が10mm、突起の外側同士の間隔が12mmである。
(4)半球状をしたキーの表面は、4箇所の突起の外側と突起に囲まれた内側の部分とで同じ曲率(10.8mm)になっており、突起の内側には半球状キーの曲面よりも突出した部分は存在しない。
(5)突起の高さは、球面をしたキーの表面から1.4mm突出しており、その先端は尖った形状となっている。
(6)キーは、垂直に配置された車載用音響機器の前面に対して直交する中心軸が、半球状キーの中心点を支点として、上下左右に回動する。
(7)キーの操作は、車載用音響機器の垂直な前面に対してほぼ直交する方向から、操作者の人差し指の指先を4箇所の突起の間に挿入し、指先をいずれかの突起の内側の側面に係合させることで、キーを上下左右に回動させる。
(8)このキーを設けた車載用音響機器は、車両のダッシュボードに取り付けられることから、操作者の指先がキーを操作する角度は、人差し指の第1関節の角度が車載用音響機器の前面に対して45度程度から120度程度である。」

請求人が主張し、提出した、平成13年8月22日付け判定請求書、添付の甲第2乃至4号証のイ号カタログカラーコピーとイ号取扱説明書コピー、同じく検甲第1号証のイ号物件、さらに被請求人の答弁書によれば、請求人の主張するイ号物品の構成要件(a)の「単一のキー」は「単一の半球状のキー」と、構成要件(b)の「該キーの押圧位置」は「該キーの凸曲面の押圧位置」と、(d)の「これらの何れよりも低い突起」は、「これらの何れよりも低い曲面状となった凸曲面部」と表現することが、本件イ号物件に則するものと認められる。
したがって、イ号物品は、以下のとおり特定されるものである。
「a.単一の半球状のキーの押圧位置を選択することによって、画面上における表示の移動を指示するためのキーであって、
b.該キーの凸曲面の各押圧位置に、指に食い込む大きさと高さを有する突起が設けられており、
c.且つ、各突起の間隔が、単一の指で同時に全ての突起を触圧できる間隔であると共に、
d.前記押圧位置に設けられた突起の他に、これらの何れよりも低い曲面状となった凸曲面部を、該キーの中央に設けてなること
e.を特徴とする画面上における移動指示キー。」

4.主要な争点
(4-1)構成要件(B)の充足性について
(請求人の主張)
請求人は、イ号物品は、本件考案の構成要件(B)を充足する旨、すなわち、
「甲第2号証(イ号掲載のカタログの28ページのカラーコピー)に示すように、該キーの各押圧位置(上下左右の各押圧位置)に、指に食い込む大きさと高さを有する4つの突起が設けられていることは明らかである」、
旨主張する。

(被請求人の主張)
これに対して、被請求人は、イ号物品の突起の高さは1.4mmと低いため「指に食い込む」ものではない旨、
すなわち、
「指に食いこむ大きさと高さを有する突起とは、明細書段落番号【0012】に記載されるとおり、「図1(b)のように、指先が突起のみに接触し、キー3の本体の上面には接しない程度、ないしは接触したとしても軽く接する程度をさす。これに対し、図(c)のように、指先11とキー3本体の上面との接触圧の方が、突起10xとの接触圧より大きい場合は、指先に食い込む高さの突起とは言えない。」ものである。
一方、イ号物品の突起は、先端が尖ったものであり、半径10.8mmの半球状をしたキー本体の表面から1.4mm突出している。これに対して、人間の指先は弾力性があり、物体の表面を押した場合に2?3mm程度は凹むことから、イ号物品のボタンを指先で押した場合に、先端が尖った突起はすべて指の凹み内に吸収され、指先の先端はキ-の表面に接触することになる。これはすなわち、イ号物品では突起が図1(c)の状態になることを意味するので、イ号物品の突起は「指に食い込む」ことはあり得ない。
また、「指に食い込む」とは、図1(b)のように突起が指の荷重を支える状態を意味するが、イ号物品のように先端が尖った突起では、突起の先端で指の押圧力を支えると指先に負担が掛かることになり、操作性(使用時の違和感と言っても良い)が低下する。しかし、イ号物品では、突出量を1.4mmと小さくして指先表面の変形量内に押さえ、指先の荷重はキーの表面で支持するように構成しているので、たとえ突起をその上から押圧したとしても、操作性の低下は生じない。このように突起の先端が尖っていると言う理由からも、イ号物品の突起は指先をキー表面から浮かせた状態でその荷重を支えるものではなく、「指先に食い込む高さの突起」とは言えない。
ちなみに、イ号物品は、4箇所の突起に囲まれた部分に指先を当てて、指先を突起の内壁に係合させてキーを操作するものであり、本来、突起を上から押圧することはないものであるが、たとえ、突起を真上から押圧したとしても、このように突出量が1.4mmと小さいので、指に食い込むことはあり得ない」、
旨主張する。

(4-2)構成要件(C)の充足性について
(請求人の主張)
請求人は、イ号物品は、本件考案の構成要件(C)を充足している旨、すなわち、
「甲第4号証(イ号掲載のカタログの28ページの白黒コピー)の符号2から5に示すように、各突起(4つの突起)の間隔が、単一の指で同時に全ての突起を触圧できる間隔であることも明らかである」、
旨主張する。

(被請求人の主張)
これに対して、被請求人は、イ号物品は、車載用音響機器の前面に垂直に配置されていて指の先端でしか操作できないため、単一の指で同時にすべての突起を触圧することができない旨、
すなわち、
「本件実用新案の構成要件(C)では、単一の指で同時にすべての突起を押すことができることを条件としているが、イ号物品は、突起の先端の間隔が10mmであり、しかも前記のようにイ号物品のキーが垂直に配置された車載用音響機器の前面に設けられているので、この状態で4つの突起を単一の指で押すことはできない。
すなわち、4箇所の突起を同時に押すためには、本件実用新案の図5,図6に記載のように、指の腹の部分で突起を同時に押す必要があり、そのためには、人差し指の第1関節とキーの表面とがほぼ平行になる必要がある。しかし、イ号物品のキーは、車載用音響機器の前面に垂直に設けられているため、本件実用新案のようにしてこれを押すには、人差し指の第1関節が車載用音響機器との前面と平行になるように手のひらを垂直に立ててキーの操作を行わねばならない。
すなわち、イ号物品のキーを設けた車載用音響機器は、車両のダッシュボードに取り付けられることから、操作者の指先がキーを操作する角度は、人差し指の第1関節の角度が車載用音響機器の前面に対して45度程度から120度程度である。そのため、キーの表面と指先との接触面積は、指先のほんの一部であり、指先全体で4箇所の突起を同時に押圧することは不可能である。
更に、構成要件(C)における「単一の指で押す(触圧)」とは、前記構成要件(B)の項でも説明したように.すべての突起について、本件の図1(b)の状態になることを意味するが、イ号物品ではそのような作用は生じない。すなわち、触圧とは単にさわるだけでなく、圧力をかけそのままキーの操作を行えることを示すものであるが.前記のように指の先端のみがキーの表面に接触するイ号物品では、指をキーの中央部に置いたままでどの方向にでも指を滑らせる(キー上で移動させる)ことが可能である。従って、イ号物品では、指全体を突起上で支持させることはなく、図1の(c)の状態か、あるいは突起の内側に指先を引っかけて摩擦的に係合させるだけで有り、これは触圧とは異なる。
また、本件実用新案は、明細書の段落【0011】に記載されるように、指先をキーの上に置いたまま、画面上のカーソルなどを軽い力で機敏に操れるようにキーの操作性を向上させることを目的としたものであるが、イ号物品のキーは、車載用音響機器において、主として時々発生する音量調整やバランス調整の目的で使用されるものである。しかも、車載用音響機器のこの種の操作は、運転中に行われることが一般的であるから、例えば音量を調整する場合でも、操作は短時間で行われ、しかも一方向にのみキーを操作することが通常である。
従って、イ号物品の車載用音響機器では、本件実用新案のように、ゲーム機やパソコンで、長時間にわたって迅速にカーソルやキャラクタを画面上で移動させるような必要は全くなく、単に指先が突起の内面に係合してキーを操作できれば良いだけであるから、4箇所の突起のすべてを単一の指で触圧する構成になっていない」、
旨主張する。

(4-3)構成要件(D)の充足性について
(請求人の主張)
請求人は、イ号物品は、本件考案の構成要件(D)を充足している旨、すなわち、
「甲第4号証(イ号掲載のカタログの28ページの白黒コピー)の符号6に示すように.前記押圧位置に設けられた突起(4つの突起)の他に、これらの何れよりも低い突起6が、該キーの中央に設けてなることも明らかである。
低い曲面状となった突起は、低い突起の一様態であり、かかる点に実質的な差異はなく、差異があったとしても均等の範囲に含まれる」、
旨主張し、さらに、均等の主張に関して、
「何れよりも低い曲面状となった突起が均等である点について説明する。
・非本質的部分
本考案では、押圧位置に設けられた各突起が、上下左右の4箇所に突出しており、その中央部において、前記のいずれの突起よりも低い突起が設けられたものであり、この低い突起は、各押圧位置を選択するための支点となり、指の腹部が中央部で沈み込んでしまい、中立状態で安定するのを防止するための突起であり、曲面状をなった突起であっても、支点としての機能は十分に果たしており、従って問題は、突出しているかどうかであり、その突起が曲面状であるか、山状であるかは、本質的な部分ではない。
・同一目的・作用効果
低い突起が曲面状であっても、指で各上下左右の突起を押圧するときに,その支点となり指を支える機能を有するものであり、かかる形状の差異により、作用効果に格別な差異が生じるものではない。
よってイ号は、本件実用新案と同一目的・作用効果である。
・置換容易性
従って、当業者が置換することは容易である。
・イ号の容易推考性
本件考案の特徴は、「単一の指で同時に全ての突起を触圧できる間隔であると共に、前記押圧位置に設けられた突起の他に、これらの何れよりも低い突起を、該キーの中央に設けてなる移動指示キー」である。
しかも、本件実用新案出願前には、「何れよりも低い突起を、該キーの中央に設けてなる」ことが記載ないし示唆されている文献等は存在しない。
したがって、イ号は、公知文献等より容易に推考しえたものではない(審査部で引用した)文献を甲第5号証としています)。
・経緯の参酌
本件実用新案の審査経過において、「何れよりも低い突起を、該キーの中央に設けてなる」を除外する旨の記載はない」、
旨主張する。

(被請求人の主張)
これに対して、被請求人は、イ号物品の4箇所の突起に囲まれたキーの中央部は、キーの表面における突起の外側の部分と同じ曲率の曲面であって、キーの表面を形成しているものであるから、キーの中央に「低い突起」が設けられていない旨、すなわち、
「構成要件(D)は、押圧位置に設けられた突起の他に、これらの何れよりも低い突起を該キーの中央に設けるというものであるが、イ号物品には、中央の低い突起が存在しない。イ号物品の4箇所の突起に囲まれた部分は、キーの表面の一部であり、突起ではない。このことは、本件実用新案明細書の記載からも明らかである。
本件実用新案明細書段落【0023】には、「キー3の表面も、従来のように平坦である必要はなく、例えば図4のような滑らかな曲面や斜面になっていてもよい。」と記載されるように、表面自体が曲面の場合も想定されている。即ち、本件実用新案では、曲面であるキーの表面と、突起とは明確に区別されており、表面から指先に食い込むように突出したものが突起と定義されている。特に、本件実用新案で言う曲面は、中央が凹んだ曲面に限定されるとは何ら記載されていないのであるから、中央が膨らんだ曲面も包含されることは明らかである。
これに対して、イ号物品の4個の突起に囲まれた部分は、キーの端の部分と同じ曲率に形成されており、キーの他の表面部分に対してことさら突出しているものではない。本件実用新案で言う突起とは、表面から突出しているものであるから、キー本体の表面形状が球状をなすものであれば、その球面よりも突出しているものを突起と言うべきである。
このように本件実用新案は、表面が曲面のキーにも適用するものであること及び突起とは表面から突出しているものであることが明細書に明記されていることから判断すると、イ号物品のように球状のキー表面を持ち、4個の突起に囲まれたキー表面の形状がキー全体の表面形状である球面と同じ曲率の球面に形成されているものでは、4個の突起の間に別の突起が存在しないことは明かである。
請求人は、中央の曲面を突起と主張しているが、イ号物品の突起に囲まれた部分は本件実用新案の突起の概念には当たらない。段落【0019】には、本件実用新案の突起の作用効果が記載されているが、単なる曲面ではこのような作用効果は期待できない。イ号物品の突起に囲まれた部分は、逆に、指先が目的とする突起の方に円滑に滑ることができるように(移動するために)引っかかりのない曲面になっている。
言い換えれば、イ号物品は中央の曲面で指先がどの方向にも円滑に移動できるようにガイドする役割を持ち、しかもガイドされた指先は、キー周囲の突起の側面に当たって、これと摩擦的に係合し、キー自体を揺動させるようにしたものであり、中央の曲面の役割と突起側面の役割からしても、イ号物品と本件実用新案とは異なる。このように本件実用新案は、突起を指先で上から押圧することで触圧を得るのに対して、イ号物品は突起の側面に指先を係合させてキーを操作するものであり、技術思想が全く異別のものである」、
旨主張する。

5.争点に対する判断
イ号物品が本件考案の技術的範囲に属するか否かを判断するに当たり、まず、構成要件(D)の充足性について検討する。

(5-1)構成要件(D)の解釈について
本件考案の構成要件(D)は、
「前記押圧位置に設けられた突起の他に、これらの何れよりも低い突起を、該キーの中央に設けてなること」、
である。
ここで、本件考案のキー中央に設けた「突起」とは何であるかに関して、当事者間に争いがあるので検討する。
(突起の構成について)
本件実用新案登録明細書には、「突起」に関する特段の定義はされていない。
また、「突起」とは「部分的につきでること。また、そのもの。」(岩波書店「広辞苑」第5版より)というものである。
そして、本件実用新案登録明細書中における「突起」に関する記載を参酌すると、いずれも上記した「突起」の「部分的につきでること」に合致する。すなわち、
(i) 中央部の「突起」の形状は、先端部が平坦であることが望ましいこと(【0033】参照)が記載されるのみで、突起の全体的な形状に関して明記はないが、図1(a)を参照すると、明らかにキー表面に設けた円柱状のものであるから、これは、キー表面から「部分的につきでる」ものであること、
(ii) 中央部の周囲に設けた「突起」の形状は、図3(a)?(d)、及び、段落【0021】?【0023】の記載より、キー表面に設けた「柱状体」であるから、明らかにキー表面から「部分的につきでる」ものである。
(突起の作用効果について)
次に、本件考案の中央部の突起の作用効果について検討する。
本件考案の全体としての作用効果に関しては、
(i) 明細書段落【0011】に、
「画面上の表示を移動させるための指示キーにおいて、表示を軽い力で機敏にあやつれるようにキーの操作性を向上させることにある」
ことが記載されている。
また、特に、本件考案における中央部の突起の作用効果に関しては、
(ii) 段落【0019】に、
「少なくとも前後左右位置の突起のほかに、キー中央3aにも低い突起を有しているため、指先の腹部が中央突起10aに当たって、キー中央3aに沈み込めなくなるので、押圧力がキー中央に集中して表示が停止するのを未然に防止できる」、
ことが記載されており、
(iii) 段落【0028】-【0032】に、
「画面上の表示の移動を停止させるには、キーを中立状態に戻し、何れの接点機構もオフ状態となるようにする必要があるが、単に押圧位置から指先を離しただけでは、キーの復帰バネ力が弱い場合は、瞬時に中立状態に戻らない。すなわち、移動中の表示を即時に止めることができない。
そこで、本考案においては、画面上の表示の移動を停止するために、すべての接点機構をオフ状態となる、キーから指を離す操作をし易くなるように、図6や図1に鎖線で示すような、図1や図2の他の突起10u、10d、10r、10L‥‥よりも低い突起10aをキーの中央に設ける。
一方、中央に突起が無いと表示を移動させるために、各突起10u、10d、10r、10L上に指先を載せている際に、図5に実線で示すように、指先の腹部11aがキー中央部3aに沈み込んで、指先がキー中央部3aで安定し、その結果キー3が常に中立状態で安定し、表示が停止してしまう恐れがある。これに対し、キー中央部3aに他の突起10u、10d、10r、10L、10ru‥‥よりも低い突起10aがあると、この突起10aで指先の腹部11aの沈み込みが阻止され、キー3が中立状態で安定するのを防止できる。この突起10aの頂上は平坦状がよい」、
ことが記載されている。
以上(i)?(iii)の各記載を考慮すると、突起が周囲に設けられたキーの中央部に、他よりも低い突起を設ける作用効果は、キー中央に設けた突起で指先の腹部の沈み込みを阻止することによって、
(1) 画面上の表示の移動を停止させる際、キーを指から離し易くし、
(2) キーに指先を載せる際、指先がキー中央部で安定することで、押圧力がキー中央に集中して、表示が停止してしまうのを未然に防止する、
というものである。
なお、上記(2)の作用効果に関して、押圧力がキー中央に集中すると表示が停止してしまう具体的な動作原理、キー中央に突起を設けると表示の停止が防止できる具体的な動作原理に関して、明文の記載はない。
しかし、本考案のキーは、キー中央部を支点として(図6の支点用突起(4)を参照)、指先で前後・左右方向へとキーを傾ける操作を行うものであるから、もしも、キーに載せた指先の腹部がキー中央部に沈み込んで安定し、指先の押圧力がキー中央部、すなわち支点近くに集中してしまうと、支点から離れたキー周辺の突起への押圧力が減少し、「テコの原理(支点に近い位置ほど、より大きな操作力が必要とされる)」によって、キーの動作により大きな操作力が必要とされるようになって、表示が停止してしまうものと解釈できる。
また、キー中央に低い突起を設けると、周囲の突起に囲まれたキー中央部の空間に指先の腹部が沈み込んでしまうことが防止されるので、指先の押圧力は支点から離れた周辺の突起それぞれに分散されることによって、表示の停止が防止されるものと解される。
(まとめ)
以上の各事項を考慮すると、本件考案の構成要件(D)におけるキー中央部に設けた「突起」とは、「(キー表面から)部分的に突き出るもの」であり、また、その作用効果は、指先の腹部の沈み込みを阻止することで、キーを指から離し易くすると同時に、キーに載せた指先の押圧力がキー中央に集中して表示が停止するのを未然に防止するものであると、解釈するのが妥当である。

(5-2)イ号物品の構成と構成要件(D)との対比・判断
イ号物品におけるキーの中央部の「これらの何れよりも低い曲面状となった凸曲面部」を本件考案の構成要件(D)と対比する。
(i) イ号物品における「曲面状となった凸曲面部」は、キーの中央部の領域、すなわち、4箇所の突起で囲まれた領域を指すものである。
(ii) ここで、イ号物品のキーの形状は、均一な曲率の半球である。すなわち、そのほぼ全表面が滑らかな凸曲面で構成されている。よって、イ号物品のキーのどのような領域を選んでも、球体の表面の一部であるから、「曲面状の凸曲面部」である。
(iii) 一方、本件実用新案登録明細書の段落【0023】には、突起を設ける側の「キー」それ自体の形状に関して、「キー3の表面も、従来のように平坦である必要はなく、例えば図4のような滑らかな曲面や斜面になっていてもよい。」と明記されており、本件考案では、キーの表面形状として曲面のものが含まれるものである。
また、通常、「曲面」とは、中央が凹んだ凹曲面に限定されるものではないため、本件考案のキー表面として、凸曲面のものも、少なくとも排除されないと解釈するのが妥当である。
したがって、本件考案においては、突起を設けるキー本体の表面形状として、曲面状のものが想定されており、しかも、キーの表面形状として、滑らかな凸曲面状のものも、少なくとも排除されないことは明らかである。
(iv) また、本件考案のキーの中央の突起の作用効果は、周囲の突起に囲まれたキー中央部への、指先の腹部の沈み込みを阻止することで、キーを指から離し易くすると同時に、キーに載せた指先の押圧力がキー中央に集中して表示が停止するのを未然に防止するものである。
(v) これに対して、イ号物品の半球状のキーの中央部は、単なる滑らかな曲面であって、本件考案のように、指先の腹部の中央部への沈み込みを防止する作用効果が期待できないことは明らかである。
(vi) むしろ、イ号物品のキーは、上下左右への移動方向の指示機能に加え、キーの中央部を、指先で垂直方向に押し込むことにより、押しボタンスイッチとしての機能も有する、複合的なキーであるから(甲第2号証で、キー中央の表面に、カセットテープ等の「再生、一時停止」や、入力確定(エンターキー)を示す絵記号が印字されている点を参照)、このキーをスイッチとして使用するためには、指先の押圧力が、キー表面の中央部に集中できることが、むしろ望ましいことは明らかである。
以上(i)?(vi)の事項を考慮すると、イ号物品の半球状のキーの表面のうち、特にキー中央部の領域を選択して、この領域が曲面状の凸曲面部であることのみを持って、これが構成要件(D)における、キー表面に設けられた他の突起よりも「低い突起」であるということはできない。
したがって、イ号物品のキーの中央の「何れよりも低い曲面状となった凸曲面部」は、本考案の構成要件(D)を充足しない。

(5-3)均等の判断について
請求人は、判定請求書において、前記構成(D)の点について、前述のように「低い曲面状となった突起は、低い突起の一様態であり、かかる点に実質的な差異はなく、差異があったとしても均等の範囲に含まれる」旨主張する。
そこで、上記均等の主張について検討する。
請求人は、構成要件(D)が本質的部分では無いことについて、「本考案では、押圧位置に設けられた各突起が、上下左右の4箇所に突出しており、その中央部において、前記のいずれの突起よりも低い突起が設けられたものであり、この低い突起は、各押圧位置を選択するための支点となり、指の腹部が中央部で沈み込んでしまい、中立状態で安定するのを防止するための突起であり、曲面状をなった突起であっても、支点としての機能は十分に果たしており、従って問題は、突出しているかどうかであり、その突起が曲面状であるか、山状であるかは、本質的な部分ではない。」旨を主張している
しかしながら、本件考案は、構成(D)によって、指先の腹部の沈み込みを阻止することによって、キーを指から離し易くするとともに、キーに指先を載せている際、指先の押圧力がキー中央に集中して表示が停止するのを未然に防止するものであるから、構成(D)を備えることに基づいて、「軽い力で機敏にあやつれるようにキーの操作性を向上させる」と明細書に記載された本件考案による作用効果が得られ、本件考案の目的が達成されることに照らして、本件考案の特徴的部分、即ち本質的部分は、上記構成(D)にあるとするのが相当である。
よって、上記請求人の主張は、本件考案の本質的部分である構成(D)について均等を主張するものであるから、最高裁判決平成6年(オ)第1083号に照らし、許容されるべきものではない。

6.むすび
以上のとおり、イ号物品は、本件登録実用新案に係る考案の構成要件(D)を具備しないから、イ号物品は、本件登録実用新案の技術的範囲に属しない。
よって、結論のとおり判定する。
別掲
判定日 2002-03-11 
出願番号 実願平5-24277 
審決分類 U 1 2・ 1- ZB (G06F)
最終処分 不成立    
前審関与審査官 佐藤 伸夫  
特許庁審判長 下野 和行
特許庁審判官 吉村 宅衛
稲葉 和生
登録日 1999-02-12 
登録番号 実用新案登録第2593869号(U2593869) 
考案の名称 画面上における移動指示キー  
代理人 木内 光春  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ